ググール

思考実験室

コーヒーのないクリープなんて

うちのそばにスープチャーハンというのを出すお店があるんですけど、そのお店のそばを通ったときにすれ違ったグループからこんな声が聞こえてきました。

「ココのお店のスープチャーハンが美味しいんだよ。チャーハンの中にスープが入っててさ!」

んっ?

チャーハンの中にスープ?チャーハンで器を作ってスープを注ぐ感じでしょうか?

引き止めて問い詰めたい。なんなら詰め寄りたい。そんな衝動を抑えながら思います。

「クリープのないコーヒなんて」という昔のCMがありました。コーヒーにはクリープを入れてこそ美味くなるというメッセージです。これが逆だったらどうなるでしょう?

コーヒーのないクリープなんて!コーヒーのために作られたクリープ、コーヒーの相棒としてのクリープ。もし相棒シリーズに杉下右京がいなかったらどうなってしまうでしょう!?

クリープ単体では全く意味を成さないのです。クリープには紅茶でもウーロン茶でもなくコーヒーなのです。もしコーヒがいなかったら!!!クリープを作った方たちの悲しみが伝わってきます。

日本語は接続詞が便利である反面、悲劇を生み出します。

「僕は彼女が好きです。結婚させて下さい」

「僕が彼女は好きです。結婚させて下さい」

これを聞いた彼女のお父さんはブチ切れ案件です。お願いされてる感じゼロ。この結婚は認められず彼は悲しみに暮れるでしょう。

接続詞、言葉の順番はお大事に